日本最古の溜池・依網池と大和川大阪あそ歩・2015-10-14まち歩き参加

~記紀時代から続く、おおさか治水の歴史~との触れ込みに興味を持ち参加しました。まち歩き参加スタンプ

依網池と大和川イラスト
夢の中で見た、依網池と大依羅神社と大和川付け替え工事視察中の役人。そして遠くは生駒山

読めない漢字

依網:なんと読むんでしょうか。(よさみ)が正解。
依羅:こちらも(よさみ)と読むそうです。

依網池(よさみいけ)、大依羅神社(おおよさみじんじゃ)
なんだか頭がこんがらがってしまいそう。

参加コース行程

今回訪れた場所の詳しい内容は、下記からどうぞ。

A:地下鉄・御堂筋線あびこ駅~B:あびこ観音~G:刈田村庄屋宅~I:的場山 西光寺~J苅田土地改良記念碑~K:大依羅(おおよさみ)神社~龍神井~M:依網池址~N:大和川堤防~O:アビナン・ミュージアム~P:HIDA関西研修センター(最寄り駅:地下鉄御堂筋線・あびこ駅)

今回まち歩きした場所



1945年〜1950年撮影の空中写真

マーカーをクリックすると現在の場所がわかります。
この時代吾彦大橋はありませんでした。当然地下鉄もまだでした。

現在の吾彦大橋
現在の吾彦大橋と大和川

吾彦観音・摂津名所図絵
吾彦観音・摂津名所図絵

依羅神社・摂津名所図絵
依羅神社・摂津名所図絵

今回まち歩きした関連HPです。

あびこ観音HP
的場山西光寺HP
大依羅(おおよさみ)神社HP
大依羅(おおよさみ)神社関連
刈田村寺田家関連記事ブログ

現在の大和川は自然に出来た川ではない!

大阪市と堺市などとの境を流れる「大和川」は人が造ったもの、といえば驚く人が多いかと思います。
しかし大阪周辺の人は案外人工の川だと知っている人多いかも知れませんね。

でも普通は川といえば自然に出来たものと思うのが一般的です。
しかし、大和川は1704年に付け替え工事で人の手で造られた人工の川なんです。

古い大和川とは

大和川

それ以前1703年まで大和川は、柏原市から石川と一緒に北に向けて流れていました。
しかしそのために、今の東大阪付近では洪水に悩まされていました。

そこで多くの人の尽力のおかげで、大和川の付け替え工事を行い、現在のように柏原市から大阪湾へと流れるようになりました。
もちろん付け替え工事反対の人も多くいました。でも結局現在の姿となったのです。

私は付け替え工事のことは昔学校の授業で習いました。でもその時は実際に大和川を見たことなかったので実感はありませんでした。

ところが数年前から松原市に住むことになり、大和川は身近な川となりました。
そして今回のまち歩きに参加して、なおさら関心が深まりました。
依網池など全く知らなかった池の話も聞くことができました。

大和川付け替え工事などに関してのYouTubeがありました。

侮れない依網池(よさみいけ)

日本最古のため池とも言われる依網池の実態

依網池の説明1

大和川が現在の場所を流れる前には、上の図のような場所に依網池(よさみいけ)という
大きな灌漑用の溜め池がありました。
自然の池ではなく、人工の池でした。

しかし大和川の付け替え工事の時、池は二つに分断されてしまったのです。
両側に残った池もその後の開発などで、姿を消してしまいました。

依網池址

でもため池などあちこちで姿を消しています。なにも大げさに言うことないようにも思われます。

歴史的価値のある依網池を普通のため池と同等視して良いのか

しかし依網池はそんじょそこいらの溜め池とは違うのです。
何しろ日本で一〜二位を争うほどの古い人工の灌漑用池なのです。
命令で造らせた歴史的にも貴重な池なのです。

依網池の説明2

依網池と付け替えられた新大和川のせめぎ合い

歴史的に価値ある池なのですが、もう一つ重要な事柄がこの池には隠されているのです。
大和川は人工の川です。付け替え工事によって人が作ったのです。
だとすればなるべくまっすぐ流れるように作るでしょう。

ところが実際の大和川は、河口近くでUの字になって流れています。
上の図の赤い丸点線の場所です。
赤い矢印のように流れるようにしても良さそうなものです。

これには依網池が大きく関わっているのです。
まっすぐ工事をすると、反対派農民との軋轢も強くなる。
ちょうどいい場所に大きな依網池があったので、それを利用して工事を進めたのです。

しかも上の図の赤い丸点線の場所(U字)付近は、当時谷のようになっていたらしいです。
池や谷がある場所を利用して作った方が、費用もかからないと考えたのでしょう。
ところが実際には地盤が固く、難工事だったとか。

もちろんその他いろんな要因で現在のようになったのでしょう。

私もなぜU字のようになっているのか疑問でした。
今回のまち歩きを機に、少し調べてみた結果このようなことがわかったのです。
上の説明は概略で正確さを欠きますがご容赦願います。

本当に詳しいことは「付け替えられた大和川HP」にとても詳しく載っています。
でもすごく難しいです。よく調べたものだと感心します。

その他依網池関連HP

依網池1pdf
依網池2pdf

現在の大和川と依網池はどうなったのか

大和川は黙って黙々と流れています。
それに対して一方の依網池はすっかり姿を消してしまいました。
開発の波に巻き込まれて埋もれてしまいました。

依網池の事を忘れないためにも、多くの人が今回のようなまち歩きに参加して過去をイメージして欲しいのです。

私も今回のまち歩きに参加していなければ、大和川を見てもその成り立ちや周辺の事柄も気にすることはなかったでしょう。
ましてや現実に見る事が出来ない依網池のことなど知る由もありません。

現在目に見えているものは、一時の幻かもしれません。
今を見ながら過去、未来にも思いをはせる人間に私はなりたいです。

すみよし歴史案内人の会とは

今回案内してくださった大島さんを始め多くのガイドさん、ありがとうございました。

まち歩きのお手伝いをしてくださったガイドさんたちは、皆ボランティアの人たちです。
「大阪市・住吉歴史ガイドボランティア」すみよし歴史案内人の会と言います。

ボランティア

住吉地域のまち歩きボランティアガイド活動を行っているそうです。
ぜひ皆さんも「すみよし歴史案内人の会」のHPでまち歩きを探してみてはいかがですか。

私もまた住吉区を歩いてみたいです。