万葉歌に詠まれた古代の風景に想像力が爆発しそうだ!

第15回歴史街道リレーウォーク参加2015-11-3(火)スタンプ


山の辺の道
大和川沿三輪山を望む

参加コース行程

桜井駅~1:歴史街道リレーウォークスタート~2:仏教伝来の地・海石榴市~3:金屋の石仏~4:平等寺~5:大神神社~6:柿山展望台~7:玄賓庵~8:桧原神社~昼食~9:井寺池~10:ホケノ山古墳~11:箸墓古墳~12:纒向遺跡~13:JR纒向駅 ゴール解散

今回歩いたコースのGPS軌跡です。
左上四角をクリックで一覧が表示。
地図上のマーカーをクリックすると場所名を見ることができます。

山の辺の道と纒向遺跡へ

桜井市観光ボランティアガイドの会の人達が案内してくれました。


コース地図
今回のコースの地図

山の辺の道とは

三輪山から北へ連なる山裾を縫うように奈良・山背へと続く日本最古の道です。

ーーー参加時にもらったパンフレットよりーーー

なぜ古代人は平野ではなく山裾の道を利用したのでしょうか。

大阪平野も古くは河内湖という湖があったそうです。
同じように奈良盆地も湖だった時期があり、今の山の辺の道も湖のほとりに出来た道が始まりのようです。

もちろん今の山の辺の道とは同じではないでしょうけど。


1:桜井駅〜2:仏教伝来の地・海石榴市〜3:金屋の石仏〜4:平等寺~5:大神神社~6:柿山展望台へ

桜井駅から出発し、いよいよ山の辺の道へと歩き始めます。


コース地図1
1から2〜3〜4~5~6へ

2:仏教伝来の地・海石榴市(つばいち)

大和川沿いを歩きます。

大和川沿C
(C)大和川沿

大和川沿D
(D)大和川沿

大和川沿E
(E)大和川沿


海石榴市(つばいち)

海石榴市という言葉、今回初めて聞きました。本当に勉強不足で恥ずかしい。

海石榴市の説明板をお読みください。

海石榴市説明板
(D)海石榴市の説明板:クリックで拡大します。


大和川はこの時代(万葉の時代)、今のように柏原市から堺の方へは流れていませんでした。
柏原市付近から東大阪方向へ流れていました。難波津←→飛鳥を舟で行き来したのでしょうか。

大和川上流方向
橋の上から大和川の上流方向を眺める
大和川はこの付近では初瀬川とも呼ばれています。

大和川下流方向
橋の上から大和川の下流方向を眺める
遠くに二上山を望むことができます。


仏教伝来の地

仏教伝来の地碑
仏教伝来の地碑

仏教伝来の地碑から大和川対岸を望む
仏教伝来の地碑から大和川対岸を望む
次の班が河原を歩いています。



仏教伝来の地については、
仏教伝来の地説明阪をお読みください。

仏教伝来の地説明阪
仏教伝来の地説明阪:クリックで拡大します。

3:金屋の石仏

金屋の石仏収納庫
金屋の石仏収納庫

金屋の石仏
金屋の石仏

金屋の石仏・石棺
金屋の石仏・石棺


金屋の石仏とは

高さ2.1m、幅83.5cm、厚さ21.2cm。釈迦如来像(右)、弥勒如来(左)。
平安時代後期に作られたようです。

ガイドさんの説明を思い出すと、この石仏は近くの山の中かどこかで発見されたとか?
そんな説明を聞いたように思います。違ったかな、自信ないです。
収納庫のある場所にあったわけではなさそうですが。

明治の廃仏毀釈の影響か。

金屋の石仏説明板をご覧ください。

海金屋の石仏説明板
金屋の石仏説明板


4:平等寺

平等寺(びょうどうじ)は、奈良県桜井市三輪にある曹洞宗の寺院。三輪別所ともいう。本尊は十一面観音である。かつては三輪明神(現・大神神社)の神宮寺であった。

ーーーウィキペディアよりーーー

平等寺

平等寺境内案内看板
平等寺境内案内看板
左下に国鉄三輪駅とある。看板の時代を感じます。

JR三輪駅方向への道
JR三輪駅方向への道


5:大神神社(おおみわじんじゃ)

大神神社(おおみわじんじゃ)は、奈良県桜井市三輪にある神社。式内社(名神大社)、大和国一宮、二十二社(中七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
別称として「三輪明神」、「三輪神社」がある。

ーーーウィキペディアよりーーー

大神神社・拝殿
大神神社:拝殿
大神神社には本殿がなく、拝殿が重要視されているそうです。

大神神社
大神神社

大神神社・拝殿屋根の湯気
大神神社・拝殿屋根の湯気

大神神社・祈祷殿


万葉歌碑

境内には幾つもの万葉歌碑がありました。

万葉歌碑
音符の入った万葉歌碑

万葉歌碑
万葉歌碑



大神神社は酒作りの神様でもあるそうです。
万葉歌碑にもお酒の歌が詠まれていました。

6:柿山展望台(大美和の杜展望台)

柿山展望台
柿山展望台より
観光客のガイドさんが説明中でした。

柿山展望台
柿山展望台より
左の山が畝傍山、右の山が耳成山、奥の山は葛城山、金剛山です。
右端の大鳥居は三輪明神の大鳥居。



柿山展望台(大美和の杜展望台)からは奈良平野が一望。後ろには三輪山。
展望台へは多くの人が登るので、混雑していました。

柿山展望台から〜7:玄賓庵〜8:桧原神社〜昼食~9:井寺池

コースも中盤に差し掛かりました。お腹も空いて昼食、さー頑張ろう。


中盤コース地図
中盤コース地図

柿山展望台で大和平野の景色を堪能した後は、玄賓庵へ向けて歩き出しました。
途中なんでもない川に差し掛かった橋のところで、ガイドさんが説明を始めました。

狭井川(さいかわ)とは

狭井川
狭井川

狭井川
狭井川



本当に大きな川でもなく、なんの変哲もない川です。
しかしガイドさんは話されました。でもよく覚えていません。

あとで知りましたが狭井神社もあるそうです。
程なくして

神武天皇聖蹟狭井河之上顕彰碑
(J)神武天皇聖蹟狭井河之上顕彰碑

J地点
(J)神武天皇聖蹟狭井河之上顕彰碑



この神武天皇聖蹟・・・神武天皇聖蹟狭井河之上顕彰碑にも狭井河の名が刻まれています。

さいかわを歌った万葉歌碑もあるそうです。
「狭井河よ雲立ちわたり畝火山木の葉騒ぎぬ風吹かむとすーーー伊須気余理比売ーーー」
伊須気余理比売は神武天皇の皇后とか。

難しいことはさておき、万葉の人にとって狭井川は特別な川だったのでしょうかね。
景色も当然今とは違いますしね。

玄賓庵の手前でガイドさんが立ち止まり、説明を始めました。

玄賓庵の説明
(N)地点 ガイドさんが説明を始める

玄賓庵の説明
(N)もう直ぐ玄賓庵

7:玄賓庵(げんぴあん)

玄賓庵については、次の方のHPに詳しいことが書かれています。
狭井川や万葉歌碑についても載っています。

玄賓庵
玄賓庵

玄賓庵の説明
玄賓庵の説明



玄賓庵をあとにして桧原神社へと向かいます。

山辺の道
(O)山の辺の道:この辺りの写真がよく紹介されるそうです

山辺の道
(O)山辺の道


8:桧原神社(ひばらじんじゃ)そして昼食

桧原神社
桧原神社

桧原神社鳥居
桧原神社鳥居

桧原神社鳥居
桧原神社鳥居

桧原神社鳥居から二上山が
桧原神社鳥居から二上山が見えます



鳥居と二上山の間に夕日が沈む時が幻想的だとか。
写真撮影のチャンス。でも難しそう。

これまでよく二上山という山が出てきました。
二上山の尾根?麓?を竹内街道が通っています。

二上山説明版
二上山説明版

桧原神社説明板
桧原神社説明板:クリックで拡大

  • 桧原神社の詳しいことは、前出と同じ方のHPが詳しいです。
    桧原神社

昼食でーす

この日は暑くて汗だく。結構歩いたのでお腹空きました。
とても広い場所で昼食。今回のコースに参加した各班の人が続々集まってきます。

昼食です
広場で昼食です

昼食・綺麗な花
食事している場所のそばには綺麗な花が・・・

9:井寺池

食事も終え午後のコースへ出発です。
午後は山の辺の道とお別れして、纒向遺跡へと向かいます。
山の辺の道はこの先、天理方面へと続きます。さようなら山の辺の道。

そして井寺池へ
井寺池周辺には万葉歌碑がたくさんあります。
池と周辺の景色との混ざり合いがいいですね。
だから池周辺に多くの万葉歌碑が建てられたのかな。

井寺池周辺
井寺池周辺からの風景・三輪山を望む

井寺池周辺
井寺池周辺からの風景

井寺池周辺
井寺池周辺からの風景


川端康成の万葉歌碑
川端康成先生自筆の万葉歌碑

井寺池周辺からの風景
川端康成先生推薦の万葉歌碑設置場所からの風景

川端康成先生と万葉歌碑についてのエピーソードが、桜井市のHPに載っています。

井寺池をあとに最終コースへとひたすら歩き続けるのでした。

歩き続ける
ひたすら歩き続ける参加者

井寺池から〜10:ホケノ山古墳~11:箸墓古墳〜12:纒向遺跡~13:JR纒向駅 ゴール解散へ

終盤のコースです。山を降り平地へとやってきました。


最終コース地図
終盤コース地図


井寺池から平地へと下ったところに、小さな古墳がありました。
茅原大墓古墳というそうです。
ちょっと見てからホケノ山古墳へと歩き出します。

茅原大墓古墳
(Q)茅原大墓古墳

右に山辺の道の山裾
(R)右に山辺の道の山裾を見ながら

巻向川
(S)巻向川

巻向川の橋のたもとに、水門のようなものが見えます。
この地域は昔から巻向川意外に川がなく、水不足に悩んでいたそうです。

そこで水路を引いて一帯の水不足が解消したそうです。
サイホンの原理を応用して巻向川の下を水路が通っているそうです。

どこから引いてきているのか分かりません。ガイドさんの説明よーく聞くべきでした。
大和川からかな。地形図では飛鳥の方まで伸びていました。

10:ホケノ山古墳

ホケノ山古墳(ほけのやまこふん)は、奈良県桜井市大字箸中字ホケノ山に所在する古墳時代前期初頭の纒向型といわれるホタテ貝型の前方後円墳である。
2006年1月26日、纒向古墳群の一つとして国の史跡に指定された。現在、復元整備され一般に公開されている。

ーーーウィキペディアよりーーー


ホケノ山古墳
ホケノ山古墳・他の班の人が見学です

ホケノ山古墳
ホケノ山古墳

ホケノ山古墳
ホケノ山古墳・マムシに注意しましょうね


ホケノ山古墳説明板
ホケノ山古墳説明板:クリックで拡大します

11:箸墓古墳

箸墓古墳への途中ガイドさんが交差点で説明をし始めました。
古道・上ツ道の説明です。

上ツ道
(T)上ツ道

箸墓古墳とは

箸墓古墳(はしはかこふん、箸中山古墳)は、奈良県桜井市箸中にある前方後円墳。
宮内庁により「大市墓(おおいちのはか)」として第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓に治定されている。また周濠の一部は「箸中大池」としてため池百選の1つに選定されている。

ーーーウィキペディアよりーーー



箸墓古墳沿いに歩きます。

箸墓古墳
(T)と(U)との間。溝のカーブに注目
この部分がカーブして作られている古墳はほとんどないとの説明。

箸墓古墳
(U)箸墓古墳へ

k,箸墓古墳
箸墓古墳

箸墓古墳沿い
(V)箸墓古墳沿い


箸墓古墳
箸墓古墳と池

箸墓古墳
箸墓古墳と池


万葉歌碑
万葉歌碑

万葉歌碑の説明を受ける参加者
万葉歌碑の説明を受ける参加者


上ツ道
(W) (T)から続く上ツ道

12:纒向遺跡

とうとう纒向遺跡までやってきました。

纒向遺跡または纏向遺跡(まきむくいせき)は、奈良県桜井市の三輪山の北西麓一帯に広がる、弥生時代末期から古墳時代前期にかけての集落遺跡。国の史跡に指定されている。
3世紀に始まる遺跡で、一帯は前方後円墳発祥の地と推定される。邪馬台国の中心地に比定する意見もあり、卑弥呼の墓との説もある箸墓古墳などの6つの古墳を持つ。

ーーーウィキペディアよりーーー


纒向遺跡
纒向遺跡発掘場所1
埋戻されています。

纒向遺跡
(Y)纒向遺跡発掘場所2
桜井線よりも向こう側も発掘されました
今は埋め戻されています。

13:JR纒向駅(桜井線)

そうしてゴールJR纒向駅です。

柿本人麻呂屋敷跡
(Z)なんと柿本人麻呂屋敷跡が・・・

JR纒向駅
JR纒向駅



今回の第15回歴史街道リレーウォーク・山の辺の道と纒向遺跡の歩きも終わりました。
ガイドさんありがとうございました。

初めての山の辺の道、暑かったですが楽しかったです。
そして纒向遺跡は今回で2度目です。

纒向遺跡は2度目

実は纒向遺跡へは2013年2月3日の発掘現地説明会に参加したのです。

2013.2.3・纒向遺跡発掘現地説明会
2013-2-3・纒向遺跡発掘現地説明会

2013.2.3・纒向遺跡発掘現地説明会
2013-2-3・纒向遺跡発掘現地説明会

2013.2.3・纒向遺跡発掘現地説明会
2013-2-3・纒向遺跡発掘現地説明会


2013.2.3・遠くに箸墓古墳が見えました
遠くに箸墓古墳が見えました

2013.2.3・纒向遺跡発掘現地説明会
2013-2-3・纒向遺跡発掘現地説明会

2013.2.3・纒向遺跡発掘現地説明会
2013-2-3・纒向遺跡発掘現地説明会



まさかもう一度来るとは思ってもみませんでした。
今回のコース歩き、とても楽しかった1日でした。

纒向駅発15:41、桜井駅に向けて帰途に着きました。
参加者の皆さん、お疲れ様でした。
ガイドの皆さん、ありがとうございました。

今回歩いたコースの感想などは「まち歩きブログ2015-11-3」をご覧ください。